西洋解剖学的見解≠東洋的身体認識

西洋解剖学的見解と東洋的身体認識(鍼灸・漢方など)は全く違います。西洋解剖学では、解剖して出てこないものは存在しない、とします。東洋的身体認識では、解剖して出こなくても、”機能として存在している場合は、物理的に存在しているのと同じ”と考えます。例を挙げて考えてみましょう。 


(東洋医学)
経絡という働きは確かにあり、それは鍼灸・漢方などの医学の中心をなすものである。解剖して出てこなくても、機能として存在しているのであれば、物理的に存在しているのと同じである。
(西洋解剖学)
経絡は解剖しても出てこないから存在しない。解剖して出てくるものが全てである。

(東洋医学)
丹田=腎間の動気であり、生命力の中心をなすものである。解剖して出てこなくても、機能として存在しているのであれば、物理的に存在しているのと同じである。鍼灸などでは特に重視する。
(西洋解剖学)
丹田は(解剖しても出てこないから)存在しない。解剖して出てくるものが全てである。

(西洋医学)
全ての事象は言葉で説明できる。
(東洋医学)
基本的な事象は言葉で説明できる。しかし、それ以上の深い内容は、言葉では説明しきれない。言葉で説明できる範囲に無理矢理収めることにより、言葉で説明できない部分を失ってしまう。



西洋医学と東洋医学では向いている方向が全く違います。全く違うからこそ、片方で救われなかった人が、もう片方で救われることが起こり得るわけです。それが東洋医学の存在意義といえましょう。

(2012.04記)


西洋と東洋の違い

    (西洋)         (東洋)



東洋医学と西洋医学の考え方

トップページ

ちょっと一息

Copyright(C)2005-2017  Nagashima Acupuncture Moxibustion Room(Tsutomu Nagashima) 長嶋鍼灸室