脳脊髄液減少症から学んだこと


〇交通事故の後遺症として代表的なものに、ムチ打ち症があります。ムチ打ち症の治療法として、牽引療法が普及しています。ところが、この牽引療法において、副作用があることがささやかれ始めています。それは、ただ単に”物理的に無理な刺激が加わる”という従来からいわれていたものではありません。無理に外から力を加えることによって、脊髄の硬膜に空いた穴を塞がりにくくするということです。

〇ムチ打ちによる症状でよく知られているのは、整形外科的疾患でした。ところが、もっと深刻で、しかも科学的に必ずしも立証できていない後遺症の症状として、脳脊髄液減少症があります。脳脊髄液減少症は10年くらい前から話題になりつつあり、大手の新聞などにも特集記事が組まれたこともある、知る人ぞ知る症状です。これはムチ打ちなどの外的刺激により、脊髄の硬膜に穴が空き、そこから髄液が漏れてしまうという恐ろしい症状です。髄液が漏れると、腎虚(東洋医学用語)によるあらゆる症状が発症する可能性があります。具体的には、頭痛、頸部痛、めまい、全身倦怠感、いつも疲れている、胃腸虚弱、集中力低下、腰痛、背部痛、天候悪化時の眠さや倦怠感、眼症状、耳の問題、皮膚掻痒感etcから始まります。はじめはこの程度ですが(硬膜の穴が塞がればここまでで進行が止まる人も多い)、穴が塞がらずに進行すると極度の冷え、うつ、寝たきりで働けない、にまで悪化することもあり、最も酷い人(何千人に一人の割合)で、真夏でも電気毛布に包まっていないと寒くていられない、お風呂に入っただけで心臓麻痺をおこしそうになる・・・といったところまで進行する例もあります。ひとつの特徴として、周囲からは”単なる怠け者””根性なし”などと思われているケースや、うつ病などの心療内科系統と誤解されている場合も多いです。

〇この後遺症の特徴は、最も深いところを損傷するため、すぐに激しい症状は出ません(深い所を損傷したときの特徴)。少しずつ、少しずつ、髄液という貴重なエネルギー源が体外へ漏出し、年単位で進行していきます。うつや寝たきりになるまでに5年以上かかることもあり、そのときには交通事故が原因であることが分からないこともあります。脳脊髄液減少症で最悪の症状が出るケースは少ないのですが、実際には多くの被害者において、事故直後は硬膜に穴が空いている可能性が高く、穴が小さいか、または、自然治癒力が発揮されて穴が塞がった人は発症しないか軽度で済み、自然治癒で穴が塞がらなかった人は顕著に発症することも分かってきました(つまり、我々が認識しない所で自然治癒力が発揮されていた)。

〇牽引療法はこの髄液の漏出に拍車をかける(悪化する)可能性があるということが、ささやかれ始めたのです。交通事故後、牽引療法などで一生懸命に治療した人や、動き回っていた人は自然治癒力が働きにくいので、穴が塞がりにくく、逆に、事故後は何もせずに(大した治療もせずに)ただ寝ていた人は、体内の自然治癒力が発揮され、硬膜の穴が塞がりやすくなる、という皮肉な結果がもたらされている可能性もあるのです。

〇牽引療法は、筋肉などの表面的な症状を目標にアプローチしています(脊髄の硬膜に比べれば表面的)。それに対して、脊髄の硬膜の穴は体内の最も深い場所であり、東洋医学的(鍼灸・漢方)には腎が支配する場所です。表面的な症状(=科学的に判明している症状)を緩和するために、体内の最も深い場所(=最も大切な所=科学的に判明していない場所)を悪化させてしまっていたわけです。

〇私の知っている脳脊髄液減少症患者(鍼灸専門学校の同窓生)は、身体が冷え切るため、真夏でも毛布に包まった状態で寝たきりでした。お風呂に入ると心臓に負担がかかるために入れません。少ししゃべっただけでも体力を消耗してノドがかれてきます。寝たきりですから食欲はなくなり、やせ細り、死を意識しなければならないほどの状態でした。事故後10年近くかかって体の深い部分を少しずつ患った(少しずつ髄液が漏れた)ため、後遺症としては認められません。

〇科学が優秀であることは間違いありませんが、この例のように、表面的な症状ばかりを見ていたことが原因で、科学的に立証できない最も深くて大事な部分を損傷することもあるわけです。現在でも、交通事故と脳脊髄液減少症の因果関係が科学的に完全に立証されたわけではありませんが、近い将来、穴を塞ぐ治療(手術)に健康保険が効く可能性が出てきました(科学的に認識されつつあるということです)。追記:2016年現在、すでに保険適応になっています

〇脳脊髄液減少症について勉強したことで、体内の生態系の微妙なバランスなどについて、鍼灸師としてもう一度、深く考えてみる必要があると感じました。我々は「自然治癒力」というと当たり前のことだと思い、軽視しがちなところがあります。しかし、「自然治癒力」こそ、最も巨大ですさまじい力を有しているのだ、ということを疑う余地はないでしょう。まさに、”神の見えざる力”のようなものなのかもしれません。

(2010.03記)

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